ドイツ詩とリートの世界

リートを詩の解釈の面から探求していくブログ

シューベルト 『僕の挨拶を』

Sei mir gegrüßt

 

O du Entrißne mir und meinem Kusse,
Sei mir gegrüßt,
Sei mir geküßt!
Erreichbar nur meinem Sehnsuchtgruße,
Sei mir gegrüßt,
Sei mir geküßt!

 

Du von der Hand der Liebe diesem Herzen
Gegebne, du
Von dieser Brust
Genommne mir! Mit diesem Tränengusse
Sei mir gegrüßt,
Sei mir geküßt.

 

Zum Trotz der Ferne, die sich feindlich trennend
Hat zwischen mich
Und dich gestellt;
Dem Neid der Schicksalmächte zum Verdrusse
Sei mir gegrüßt,
Sei mir geküßt!

 

Wie du mir je im schönsten Lenz der Liebe
Mit Gruß und Kuß
Entgegenkamst,
Mit meiner Seele glühendstem Ergusse,
Sei mir gegrüßt,
Sei mir geküßt!

 

Ein Hauch der Liebe tilget Raum und Zeiten,
Ich bin bei dir,
Du bist bei mir,
Ich halte dich in dieses Arms Umschlusse,
Sei mir gegrüßt,
Sei mir geküßt!

 

                    - Friedrich Rückert

 

リート史において重要な詩人の1人、リュッケルトの詩です。自分の中では非常にリュッケルトらしい詩ですが、シューベルトしか作曲していません。シューベルトの作曲は変奏有節歌曲というシューベルトの天才性を示す形式で非常に美しいものですが、詩自体のリフレイン形式がロマン派以降の作曲家には好まれなかったせいでしょうか・・・ 

 

第1節

1:1 O du Entrißne mir und meinem Kusse,
1:2 Sei mir gegrüßt,
1:3 Sei mir geküßt!
1:4 Erreichbar nur meinem Sehnsuchtgruße,
1:5 Sei mir gegrüßt,
1:6 Sei mir geküßt!

 

まず詩の表題で何度も繰り返される"Sei mir gegrüßt"の解釈から始めましょう。gegrüßtは動詞grüßen 「~(4格)に挨拶する」の過去分詞で、sein動詞の命令形seiがあるのでduに対する『受動の命令文』となります。直訳すれば「挨拶されよ」で、聖書を訳したマルティン・ルターが大天使ミカエルのマリアへの挨拶"Ave Maria"のドイツ語訳で"Gegrüßt seist du, Maria!"とこの表現を用いており、後の時代でも好んで使われる上品な挨拶の言い回しです。3格のmirの意味はvon mir「私からの」のvonの省略と考えても良いですが、3格の用法で説明できるような気もします・・・ 

Sei mir geküßtも文法的に全く同じで、直訳すれば「私からキスされよ」。

似たような表現方法に形容詞 willkommen「歓迎される」を使ったsei (mir) willkommen (私に歓迎されよ=ようこそ)というものもあります。

重要なのは主語が「私」ではなく「あなた(du)」である点ですね。この詩の文語体の古い訳では「挨拶を送らん」と「私」を主語にした訳が用いられていますが、本来のドイツ語の言い回しでは「私の挨拶、私のキスをどうか受け取ってください」というものです。

 

1行目Entrißneは動詞Entreißen「~(3格)から強引に奪う」の過去分詞の形容詞的用法から名詞化された「~(3格)から強引に奪われた人」。duと並んでいるので同格で「~(3格)から強引に奪われた人であるあなた」ですね。3格はmirがすぐ目に付きますが、undで繋がっているmeinem Kusseも男性3格でこの2つがEntrißneに支配されています。Entrißneの「強引に奪われた」というニュアンスは非常に重要で、「私」と「あなた」以外の別の何かによってやむを得ず引き離されてしまった相手への呼びかけということをこの1行目が示しています。

 

4行目は形容詞 erreichbarが動詞erreich「届く・到達する」から派生したerreichbar「手の届き得る・到達可能な」の意味で、3格が「~にとって」の意味になるのを察知できるかどうかがポイントです。このあたりの3格の細かい用法は初級から中級に上がる上での非常に大きな壁ですが、1つ1つ例を覚えて慣れていくしかありませn。

この行は動詞がありませんので、Sei mir gegrüßtと同様に本来はsei (du)~で始まる命令文になります。つまり「あなたは(私から強引に奪われていても)私の憧れの挨拶(Sehnsuchtgruße)にとってだけは手の届く人であってください」という意味になりますが、ニュアンスとしては「せめて私の憧れの挨拶(Sehnsuchtgruße)だけはあなたに届きますように」という感じです。

 

第2節

2:1 Du von der Hand der Liebe diesem Herzen
2:2 Gegebne, du
2:3 Von dieser Brust
2:4 Genommne mir! Mit diesem Tränengusse
2:5 Sei mir gegrüßt,
2:6 Sei mir geküßt.

 

よく見ると第2節は文章が切れずに1行目から4行目の途中まで続いていますが、du~が2つ続いているので、ぱっと見で「~なあなたよ!」が2つあると感じられます。

1回目のdu~はder Liebeが女性2格、diesem Herzenが中性3格ですので、von der Hand der Liebeで前置詞句「愛の手から」、Gegebneは動詞geben「~(3格)に与える」の過去分詞の形容詞的用法から名詞化された「~(3格)に与えられた人」。

2回目のdu~はGenommneが動詞nehmen「~(3格)から取り去る」のやはりの過去分詞の形容詞的用法から名詞化された「~(3格)から取り去られた人」。ここではvon dieser Brustも「この胸から」でmirの「私から」と重なってますが、併せて「私のこの胸から」となります。

4行目のTränengusseはTränenとGusseという2つの名詞の合成語で、Gusseは「一注ぎ」の意味。

 

第3節

3:1 Zum Trotz der Ferne, die sich feindlich trennend
3:2 Hat zwischen mich
3:3 Und dich gestellt;
3:4 Dem Neid der Schicksalmächte zum Verdrusse
3:5 Sei mir gegrüßt,
3:6 Sei mir geküßt!

 

この節は3行目のセミコロンで1~3行目と4行目を踏まえてSei mir gegrüßtに繋がっています。

1~3行目はZum Trotz der Ferneの後にdie~の関係代名詞節がくっついています。trotzは前置詞でよく見かけますが、名詞では zum Trotz~(3格)で「~(3格)に抵抗して」という熟語で主に使われます。

dieの先行詞はdie Ferne「遠さ」。関係代名詞節の動詞はsich gestellt hatで現在完了。前置詞zwischenはundを使って「~と・・・の間に」で、繋げると「~と・・・の間に立ちはだかる遠さ」となります。このzwischen mich und dichのように詩では改行によって構文を把握しにくい時がありますので、よく分からなくなったら改行を修正して読んでみるのは有効な手段です。trennendは動詞trennen「分け隔てる」の現在分詞。

4行目はDem Neid「嫉妬」と3格に複数2格のder Schicksalmächte「運命の様々な力」がかかり、zum Verdrusse~(3格)が「~(3格)に腹立たしさを覚える」の意味ですので、「運命の力の嫉妬に腹を立てて」という意味でZum Trotz~と並列になります。

 

第4節

4:1 Wie du mir je im schönsten Lenz der Liebe

4:2 Mit Gruß und Kuß

4:3 Entgegenkamst,

4:4 Mit meiner Seele glühendstem Ergusse,

4:5 Sei mir gegrüßt,

4:6 Sei mir geküßt!

 

「私」と「あなた」を隔てようとする力に激しく抗おうとする激しい第3節から、最後の2節は一気に世界が広がって甘美な空想が広がります。

1~3行目がwie~「~のように」の従属節です。im schönsten Lenz der Liebeが前置詞句。Entgegenkamstという長い動詞がありますが、entgegen・kommenで「出迎える」の意味。

4行目はmeiner Seeleが女性2格でErgusseが2:4で出てきたGusseの派生語ですが、「噴出・迸り」という激しめの意味になります。glühendstemは動詞glühen「熱く燃える」の現在分詞の形容詞的用法の比較最上級。

 

第5節

5:1 Ein Hauch der Liebe tilget Raum und Zeiten,
5:2 Ich bin bei dir,
5:3 Du bist bei mir,
5:4 Ich halte dich in dieses Arms Umschlusse,
5:5 Sei mir gegrüßt,
5:6 Sei mir geküßt!

 

1行目は主語がEin Hauch der Liebe「愛の息」、動詞がtilget「消し去る」、目的語がRaum und Zeiten「空間と時間」。

2~3行目のIch bin bei dir, du bist bei mirはおきまりの表現でbei~(3格) seinで「~の芝にいる」。

4行目はIch halte dichで「私はあなたを捕まえる」で、前置詞句in dieses Arms UmschlusseでUmschlusseが動詞umschließen「抱く」から派生した名詞で「抱擁」となります。schließen「終わらせる」に対するschluß「終わり」と同じ関係です。

 

 

シューベルトのリュッケルト歌曲ではDu bist die Ruh'が最も有名ですが、個人的に一番好きなのがSei mir gegrüßtです。シューベルトはヴァイオリンとピアノのための幻想曲の中でも変奏主題をこのリートを採用しており、本人もお気に入りだったでしょう。