ドイツ詩とリートの世界

リートを詩の解釈の面から探求していくブログ

アンナ・ルチア・リヒターのシューベルト・アルバム

若手ソプラノのアンナ・ルチア・リヒター (Anna Lucia Richter)のシューベルトのリート・アルバムが出たので聞いてみました。ピアノ伴奏はゲロルト・フーバー(Gerold Huber)、「岩の上の羊飼い」D965のクラリネットでマティアス・ショルン(Matthias Schorn)が参加してます。

 

アルバムのタイトルはD456から"Das Heimweh". 収録曲はヴィルヘルム・マイスターのミニョンの歌3曲と、湖上の美人からエレンの歌3曲の他、長大な「スミレ」D786が入ってるのが珍しいでしょう。「月に寄せて」D259や「こびと」D771、「最初の喪失」D226といったお馴染みの曲に、女声では珍しい「墓掘り人の郷愁」D842も入ってます。「郷愁」D456の後に「墓掘り人の郷愁」を置くのはなるほど盲点でした。

 

リヒターを初めて聞いたのは2014年5月 SWRシュヴェツィンゲン音楽祭でミハエル・ゲース(Michael Gees)とのデュオでシュトラウスを中心としたリーダー・アーベントが放送された時で、衝撃をよく覚えています。前年のSWRシュヴェツィンゲン音楽祭ではハンナ-エリザベートミュラーがデビューしてますので、2年続けて今後のリート会を背負うソプラノ歌手が『世に出た』と感じたものです。

 

リヒターの優れた点は声の美しさとコントロールはもちろん、正確な発音を駆使した細かなニュアンスの表現の巧みさにあると感じています。例えばややゆったり目のテンポの「月に寄せて」D259の第1節の”endlich"や第2節の"Freundes Auge mild"の繊細な表現は詩の語り手としての優れた能力を示していると言えるでしょう。第6節と第7節で2行ずつ表現を変えるのは一般的ですが、リヒターはそれが非常に明確。そして第8節と第9節はさらにテンポを落として孤独なさすらい人の幸福感を十二分に感じさせています。

 

リヒターの語りへのこだわりはバラード「こびと」や「墓掘り人の郷愁」はもちろん、「僕の心に」D860のような速いテンポで言葉が続く曲でも全くぞんざいにならず、詩に深く共感し、それを語り、表現することを心から楽しんでいるのが強く感じられます。「スミレ」を全く退屈させずに歌いきるのは至難の業ですが、それを怖れずリート・アルバムに入れたことで彼女のこだわりと自信が窺え、実際にリート・ファンにとっては素晴らしいアルバムになりました。

 

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